「歌に私は 泣くだらう」を読みました

mini_141ラジオでふと耳にした歌人の本「歌に私は 泣くだらう」永田和宏著 を、ここ数日寝る前に読んでいた。

戦後を代表する歌人夫妻、永田和宏と河野裕子。その河野が乳がんを発症してから亡くなるまでの10年間が綴られている。短歌を軸に壮絶な夫婦の姿が迫ってくる。
短歌だからこそ表現できる激しい愛。これほどの純粋な激情の吐露を短歌以外の形で表現したら、それは下世話で読むに堪えないかもしれない。
大学時代に出会い、激しい相聞歌を経て家庭を持ち、ともに歌人として歩み続けた二人。妻は新聞・雑誌・教育テレビなどで第一線で活躍しながら数々の賞を受賞し、夫は医学研究者として成功して行った。

癌が見つかった日からも河野は歌を読み続ける。
〇さうなのか癌だったのかエコー見れば全摘ならむリンパ節に転移
〇何といふ顔をしてわれを見るものか私はここよ吊り橋ぢゃない

最初の手術は成功し、小康を得て五年を経過する。
〇わたしよりわたしの乳房をかなしみてかなしみゐる人が二階を歩く

しかし、不眠を和らげる薬の副作用もあり、激しい攻撃性が夫に向かう。愛しているが故に苦しい日々も二人は歌に読み続ける。
〇薬害に正気を無くししわれの傍に白湯つぎくれる家族が居りき
●(和宏)この人を殺してわれも死ぬべしと幾くたび思ひ幾たびを泣きし
〇日の翳る脳を包んでゐる頭かはいさうに思ふあなたが撫でる
〇あの時の壊れたわたしを抱きしめてあなたは泣いたよ泣くより無くて

暴言の嵐に耐えきれず、精神科、心療内科を訪ね歩く。さらに癌は治まったかと思われた七年目に再発。最初の主治医はすでに退職しており、なかなか信頼できる医師と出会えない。結局、夫の同僚でもあった京都大学の木村敏先生が終の主治医となられる。
〇この医師の人物をはかる目つきして嫌なわたしよ診察室出づ

終末であることを頭では分かっていても、その悲しさや苦しさは否応なく襲ってくる。それが言葉になった時、それは支えになる。
●(和宏)一日が過ぎれば一日減ってゆく君との時間 もうすぐ夏至だ
●(和宏)悔しいときみが言ふとき悔しさはまたわれのもの霜月の雨
〇わが知らぬさびしき日々を生きゆかむきみを思へどなぐさめがたし
〇文献に癌細胞を読み続け私の癌には触れざり君は
〇白木槿あなたにだけは言ひ残す私は妻だったのよ触れられもせず

そして、おそらく一人の相手に送ったものでは日本で最多の相聞歌を残し、河野は息を引き取る。その最後の日まで、もうペンを持てなくなった妻の代わりに、河野の歌を書き留め続ける。
〇この家に 君との時間は どれくらい 残ってゐるか 梁よ答えよ
〇わたししかあなたを包めぬかなしさがわたしを守りてくれぬ四十年かけて
〇泣いてゐるひまはあらずも一首でも書きうるかぎりは書き写しゆく
〇手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が

こんな愛、こんな夫婦があるんだと、そしてこんな夫婦の愛の表現が日本にあることを誇りに思った一冊だった。

カテゴリー: 新着情報   パーマリンク

コメントは受け付けていません。